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ささめゆき
細雪
谷崎 潤一郎
03 下巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 226,715 字 · 431 页
妙子はそれでも頼る人があるからよいが、雪子は今貞之助に見放されたらどうなるであろう。………今迄幸子は、妙子のことで我慢のならないことがあると雪子に訴え、雪子のことは妙子に訴えしていたので、平素はさほどでもないけれども、こう云う時に妙子が家にいないのは、この上もなく淋しくもあり不便でもあった。
「お母ちゃん」
と、悦子が書斎の襖を開けて、閾際に立ちながら、怪訝そうな眼つきで母親の顔を覗き込んだ。今しがた学校から帰った彼女は、家の中が妙にひっそりしているので、何事かあったのを感じたのであろう。
「お母ちゃん、何してるの」
と云いながら這入って来て、母のうしろからもう一度顔を覗き込んだ。
「ねえ、何してるのよ、お母ちゃん、………お母ちゃん、………」
「姉ちゃんは?」
「姉ちゃん二階で本読んではるわ。………ねえお母ちゃん、どうしたの。………」
「どうもせえしません。………姉ちゃん所へ行ってなさい」
「お母ちゃんもいらっしゃい」
そう云って、悦子が手を取って引っ張ったので、
「ふん、行きましょう」
と、幸子は気を変えて立ち上った。そして一緒に母屋へ戻ると、悦子だけを二階へ遣って、自分は応接間へ這入って行き、ピアノの前に腰掛けて鍵盤の蓋を開けた。