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ささめゆき

細雪

谷崎 潤一郎

03 下巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 226,715 字 · 431 页

青空文庫

と云うものがあることをも忘れた。

「あんた、………」

夫も彼女と同じ思いに浸っていたのであろう、隣りのベッドに臥そべって四辺を領する静寂を味わいながら、長い間黙然と天井を睨んでいたが、今しがた起きて富士の見える窓際の方へ歩いて行ったところなのであった。

「あんた、………面白いことがあるねんわ、………ちょっと、これ見て御覧。………」

「何やねん」

貞之助が振り返って見ると、幸子はベッドの上に上半身を起して、枕元の卓上にある、側がニッケルで出来ている魔法罎の表面を眺めているのであった。

「………ちょっと、まあ此処へ来て御覧。………この表面に映ってるのんを見たら、まるでこの部屋が広大な宮殿みたいに見えますねん」

「へえ、………どれどれ」

魔法罎の外側のつやつやとしているのが凸面鏡の作用をなして、明るい室内にあるものが、微細な物まで玲瓏と影を落しているのであるが、それらが一つ一つ恐ろしく屈曲して映っているので、ちょうどこの部屋が無限に天井の高い大広間のように見え、ベッドの上にいる幸子の映像は、無限に小さく、遠くの方に見えるのであった。

「ほら、此処にいるあたしを見て頂戴。