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まじゅつし

魔術師

江戸川 乱歩

「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1930(昭和5)年7月~1931(昭和6)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 139,264 字 · 280 页

青空文庫

フラフラと立上って、無神経に笑い興じている見物達の間を通って、木戸口を出た。

小屋の外には、美しい星空の下に、真黒な家々が、シーンと押し黙って並んでいた。人通りも殆どなく、墓場の様に滅入った田舎町だ。

彼は邸へ帰る為に、五六歩あるきかけて、ふと立止った。何となく、この罪悪をとじこめた様な芝居小屋を、離れ去るにしのびない感じである。

彼はそこへ行って、何をするという確かな考えもなく、夢中遊行の様な足どりで、小屋の楽屋口へと歩いて行った。

角を曲って、建物の背面に出ると、そこに半間程の小さな出入口が、ポッカリ口を開いていた。薄暗い電燈が、ボンヤリと、地面を長方形に区切っている。その中に、異様な大入道みたいなものが映っているのは、入口を這入った所に、誰かが佇んでいるのであろう。

二郎はまるで泥棒みたいに、足音を盗んで、オズオズとそこへ近づいて行った。そして、出入口の板戸に手をかけ、ソーッと頭丈け突き出して、中を覗いて見た。

大劇場と違って、楽屋口の番人も何もいない。ガランとした、薄汚い廊下がある切りだ。その出入口の彼のすぐ目の前に、何をしているのか、一人の男が向うを向いたまま、人形ででもある様に、身動もせず突立っている。