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まじゅつし
魔術師
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1930(昭和5)年7月~1931(昭和6)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 139,264 字 · 280 页
麻の袋
その時、二郎が手をかけていた板戸が、身体の重みで、カタンと鳴った。ハッとうろたえて、覗いていた首を引込めようとした瞬間、物音に驚いた目の前の男が、ヒョイとこちらを振向いた。
顔と顔とがぶつかった。
二郎は一目その顔を見ると、まるでお化けにでも出会った様に、「ワッ」と、途方もない叫声を立てたかと思うと、いきなりクルッと向きを変えて、滅茶苦茶に駈け出した。そのお化けが、うしろから追っかけて来るかの様に。
楽屋口に佇んでいた男というのは、意外千万にも、或は当然至極にも、彼が数日来疑い恐れていた、あの庭掃除の音吉爺やであったのだ。
麻の袋
駈け足が、急ぎ足となり、やがて並足となった。いつ方角を取り違えたのか、行っても行っても玉村の邸には出ず、同じ町筋を何度も何度もどうどう巡りをしている内に、二郎はいつか見も知らぬ町はずれの真暗な林の中を歩いていた。
木立ちを通して、向うの方にチラチラと人家の明りは見えているけれど、闇夜のせいか、或は立並ぶ年を経た樹木のせいか、深山へでも迷い込んだ様な気持である。大森の山の手には、こんな森とも林ともつかぬ空地が所々にあって、昼間なれば何でもないのだが、闇夜ではあり、さい前からの変な気持の続きで、やっぱりそれも、悪夢の中の物凄い場面の様に思いなされるのであった。