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まじゅつし
魔術師
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1930(昭和5)年7月~1931(昭和6)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 139,264 字 · 280 页
身がすくんで、ヘナヘナとくずおれ相な気がした。
だが、全身の気力をふるい起して、やっとそれに打勝った。
彼女は、広い廊下を抜足差足、まるで彼女自身が、何かの怨霊ででもある様に、音もなく、奥へ奥へと進んで行った。
明智の言葉にたがわず、広い部屋に出た。右手を見ると、向側の電燈が、緋色のカーテンを、美しく照らしている。
愈々その時が来たのだ。
あのカーテン一枚を隔てて、向側には、恐ろしい犯人がいるのだ。
仮令相手が女にもせよ、気づかれては大変だ。絹ずれの音も、幽かな空気の動揺も、注意しなくてはならぬ。
妙子はつま先で歩きながら、息を殺して、カーテンに近づいた。
じっと聞耳をたてても、何の気配も感じられぬ。犯人は、身動きもせず、誰かを待受けているのではなかろうか。誰を? 若しかしたら、妙子その人を待受けているのではないか。と思うと、身体中の産毛が、ゾーッと逆立った。
だが、ここまで来たものだ。今更ら躊躇している場合でない。入口で手間取ったので、約束の十時はとっくに過ぎた筈だ。
妙子はソッとカーテンの合せ目に指をかけた。そして、ジリリ、ジリリ、動くか動かぬか分らぬ程の速度で一分ずつ一分ずつそれを開いて行った。