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まじゅつし
魔術師
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1930(昭和5)年7月~1931(昭和6)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 139,264 字 · 280 页
ためらっていると、突然、背中へコツンと堅いものが当った。
「手を上げろ。ピストルを投げろ。さもないと、君の背中に穴があくぜ」
背中の堅いものはピストルの筒口だった。闇の廊下に一人の覆面の大男が、彼を待受けていたのだ。
で、結局、又しても動物園の熊に逆戻りだ。明智は足に鉄の輪をはめられながら、なる程こいつは厳重だわい。うっかり出来ないぞと心を引しめた。
「余計な手数をかけるもんじゃない。おとなしく寝ているがいい」
覆面の男は云い捨てて、娘をつれて出て行ってしまった。
明智は仕方なくソファの上に横になったが、彼の監禁が厳重であればある程、一方福田得二郎氏に対して行われている陰謀がどれ程重大なものか察しがつく訳だ。じっとしてはいられない。
彼は眠ったふりを装って、今晩中に足の鎖を切断してやろうと決心した。で、三十分ばかり、鼾さえ立てて、寝入った体に見せかけたのち、ドアの鍵穴に紙を詰め、室外の物音に耳をすましながら、ポケットナイフを取出し、鎖の切断作業に取かかった。切断したままそ知らぬ顔をしていて、娘が朝の食事を運んで来た時、部屋を飛出せばよい訳だ。
非常に骨の折れる仕事であったが、四五時間もかかって、直径三分程もある鎖をやっと切り取ることが出来た。