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まじゅつし
魔術師
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1930(昭和5)年7月~1931(昭和6)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 139,264 字 · 280 页
二郎は愕然として倒れた兄にかけ寄った。
一郎は首のまわりに真赤な輪を巻いた様な、むごたらしい傷を受けていたが、幸、命に別状はなかった。彼は力ない声で、事の次第を物語ることさえ出来た。
それによると、一郎を救ったのは音吉爺やであった。彼は二郎と同じく悲鳴を聞きつけて、塔に昇り、きわどい所で、大時計の機械を止め、時針を逆行させて、危く一郎の命をとりとめることが出来たのだ。
と聞いて見ると、兄の助かったのは嬉しいけれど、二郎は妙にがっかりしないではいられなかった。音吉爺やはただの忠僕に過ぎなかったのか。イヤイヤどうもそれは信じられぬ。あいつは妹の妙子に石つぶてを投げたではないか。又彼女が傷けられた時、ドアの処でモゾモゾしていたのは誰であったか。外に出入口の全くない部屋で人が傷ついていた。しかもそのドアには締りがしてあったというのだ。あり得ないことだ。戸締りをしたのは、犯人自身――即ち音吉爺やその人であったとしか考えられぬではないか。
では、なぜ彼は、そのままにして置けば死んでしまったに違いない一郎を助けたのか。それは従来の犯人のやり口から想像するに、玉村一家の悲嘆と恐怖とを出来る丈け長びかせ深める為の一手段であったかも知れない。