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ごべんのつばき

五瓣の椿

山本 周五郎

「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页

青空文庫

と彼は云った、「人がましいことを考えると悲しいおもいをするぞ」

「あたしが死ぬのを止めないと云ったね」

「おれはでかける、履物を出せ」

「もういやだ、飽き飽きしたよ」とおくには脇のほうへ身を除けながら云った、「いまさら親のうちへも帰れないし、ほかに頼るところもありゃあしない、こんな日蔭のみじめなくらしをするくらいなら、いっそ死んじまうほうがましだ」

「履物を出せと云うんだ」

「あたしゃ死んでやる」とおくには毒どくしく云った、「でもただこのままじゃ死なない、おまえさんのことを訴えて、なにもかもすっぱぬいてからだよ」

得石は動かなくなった。

「あたしくらいおまえさんのことを知っている者はないんだ、そうだろう」おくには壁に添って身を移しながら、呼吸を荒くして続けた、「おまえさんが石順先生の玄関番、あたしは奥で女中をしていた、そのうちおまえさんは、本石町のむさし屋という、薬種問屋のおかみさんをたらしこんだ、まえから知ってた、おまえさんはまだ玄関番だったのに、石順先生も代脈さんもいないとき、婦人科の病人に治療をしていたんだ、あの胸くその悪い、きたならしい治療をさ、そうだろう」