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ごべんのつばき
五瓣の椿
山本 周五郎
「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页
そのとき千之助は壁からはなれた。隣りの娘が、火鉢にかざしていた手を、袖口からふところへ入れたのである。その手は乳房の上へ置かれたようで、たぶん無心な動作だったろうが、覗いている千之助にとっては、見てはならないものを見たような、うしろめたい気分におそわれたのであった。
――男の来るのを待つことはない、当ってみよう。
男が来てからでは、却って事が面倒になるかもしれない、そう思ったので、千之助はおはなを手で招き、その耳へ口を寄せて、彼女にして貰う役割を教えた。
「わかったな」と彼は念を押した、「きっかけが大事だぞ、いいか」
「はい」とおはなは頷いた、「大丈夫やれると思います」
千之助は立ちあがった。
その部屋の出入り口は、隣り座敷と反対のほうにある。千之助はいちど外へ出、袖垣のところを踏石づたいに廻っていって、その座敷の格子をあけた。とっつきが三帖、衝立があって、すぐ左が座敷らしい。千之助は刀を右手に持ち、黙って静かに襖をあけ、立ったままで娘を見た。
「まあおそい……」と云いかけて、娘は口をつぐみ、不審そうに千之助を見た。
千之助は娘を見おろした。娘は本を持ったほうの手を膝におろし、静かな眼で千之助を見あげながら、「なにか御用ですか」