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ごべんのつばき
五瓣の椿
山本 周五郎
「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页
六
「それは有難いが、本当だろうね」
「わかっちゃったんですもの、しようがないわ」とお倫が云った、「その代りわがままを仰しゃってはいやよ」
「わがままとは、どんな」と云って、清一は誇張した太息をついた、「今夜もおあずけというわけか、罪だよお倫さん」
お倫はながし眼で彼を見、彼の肩に手を掛けて、ものうげに立ちあがった。
「さ、まいりましょう」
六
危なかった。本当に危なかった、あたしの胸はまだこんなに強く動悸を打っているし、手を拳にしていないと、指はみじめなほどふるえる。でもこれは独りになってからのことだ。
門前仲町の「岡田」の女中が、どうしてあのうちにいたのだろう。この広いお江戸の中で茶屋奉公をしていれば、毎日大勢の客を扱っている筈だ。それをいちどしか会ったことのないあたしを、どうして覚えていたのだろうか、――尤も、客の顔を覚えるということは、あの女たちのしょうばいのうちかもしれないけれど。
青木千之助という人は、あたしをおりうだと見ぬいただろうか。それともあの人の言葉を信じて、疑いを解いただろうか、――どちらともわからない。すっかり疑いを解いたとも思えるが、そうではないかもしれない。