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にんげんひょう

人間豹

江戸川 乱歩

「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1934(昭和9)年1~2月、5月~1935(昭和10)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,989 字 · 311 页

青空文庫

「誰か、あいつを捕えてください。あいつはきっともう蘭子を殺してしまったのです。殺人鬼です」

神谷が舞台に飛びあがって、悲痛な声で叫ぶ。

場内にいあわせた二人の警官が駈けつけてきたけれど、おまわりさんとて、木登りはおぼつかない。

「おい、誰かあそこへ登る者はないか」

道具方の兄いの中から、腕っぷしの強そうな、敏捷な若者が躍り出した。

「あっしが行きましょう。向こうの梯子から登りゃわけはねえんです。行ってあいつを引きずりおろしちまいましょう」

彼は人々をかき分けて、梯子のところへ飛んでいった。さすがに慣れたものであった。彼は人間豹にも劣らぬすばやさで、垂直の梯子を駈けのぼると、天井の細い棚をヒョイヒョイと伝いながら、みるみる恩田の方へ近づいていった。

客席からは、一文字幕が邪魔をして、この絶好の活劇を見ることはできなかったけれど、その幕が嵐のようにすさまじく揺れはためくのを見ると、そこに起こっている闘争の烈しさが、まざまざと想像された。

天井で雪紙の籠が揺れるたびに、舞台には時ならぬ五色の雪が、ふんぷんとして降りしきった。立ち並ぶ夾竹桃の造花の上に、逃げまどう花売娘たちの上に、舞台に押し上がった見物の仮面の上に、警官の帽子や肩章の上に、美しい五色の雪が降りしきった。