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ようちゅう

妖虫

江戸川 乱歩

「キング」大日本雄弁会講談社、1933(昭和8)年12月~1934(昭和9)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 120,290 字 · 239 页

青空文庫

道行く人々も、怪奇小説の銅版挿絵にでもある様な、この異様な光景に、思わずハッと立止って、野犬の姿を見送らないではいられなかった。

御用聞きの小僧さん達は、見送ったばかりでは済まさぬ。何かその辺に落ちていた棒切れを拾って、わめきながら追っかける。

「ヤア、人間の腕だ。人間の腕を銜えてやがる」

そんな叫び声が口々に繰返されるものだから、両側の商家から、主人も、おかみさんも、小僧さんも、飛出して来て見送る。中には追手に加わって走り出すのもいる。

大げさに云うと、町中の人が、一隊をなして、まるで暴動ででもある様に、黒く折重なって走り出した。てんでに手や棒切れを振りながら、訳の分らぬ事をわめきながら。そして、その先頭に立って、彼等の一隊の司令官の様に、とりすまして、スタコラ走っているのは一匹の野良犬。その口には、今切離したばかりの様に生々しい人間の腕。実に何とも形容の出来ない変てこな光景であった。

この騒ぎがお巡りさんの耳に入らぬ訳はない。やがて、制服いかめしいお巡りさんの野犬追跡の一場面があって、結局問題の蝋人形の腕は、附近の交番の土間の片隅に落ちつくことになった。