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ようちゅう

妖虫

江戸川 乱歩

「キング」大日本雄弁会講談社、1933(昭和8)年12月~1934(昭和9)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 120,290 字 · 239 页

青空文庫

だが、流石の水上署員も、一目見た時には、本物の若い女の片腕だと思い込んでしまった程、実によく出来た蝋細工であった。色と云い、形と云い、切口のグジャグジャになった所と云い、触って見てコツコツ音がするまでは、誰の目にも本物の生腕としか見えなかった。

それと殆ど時を同じうして、陸上では、木挽町の裏通りに、似た様な騒ぎが起っていた。

ある料理店の勝手口に、黒く塗った大型の塵芥箱が据えてある。一人の老ルンペンが、犬の様にその箱の中へ首を突込んで、屑問屋へ持込めそうな代物を猟っていたが、ジメジメしたごもくの中から、ニョッキリと現われたのが、やっぱり蝋細工の一本の腕であった。

ルンペンは、船頭の場合とは違って、目に見るよりも先に、指で触ったものだから、その手触りで、蝋細工だということがすぐ分った。

「だが、なんてマアよく出来た蝋細工だろう」

彼はそれを掴み出して、左見右見して感にたえている中に、見れば見る程、今死骸の二の腕から切離されたとしか思えない余りの生々しさに、段々不気味になって、ポイと道端へ放り出してしまった。

すると、なぜそんな突拍子もない事が起ったのか、通り魔の様に異様な出来事であったが、その辺を嗅ぎ廻っていた一匹の野良犬が、いきなり蝋細工の女の生腕を銜えると、往来の真中を真一文字に走り出したのだ。