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ようちゅう

妖虫

江戸川 乱歩

「キング」大日本雄弁会講談社、1933(昭和8)年12月~1934(昭和9)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 120,290 字 · 239 页

青空文庫

闇の中にじっと踞んでいると、靴の底から寒さが這い上って来る。寒さの為にか、恐ろしさにか、身体がガクガクと震えて来るのを、彼は歯を噛みしめて、じっと堪えながら、実に長い長い時間を、一つの黒い石ころの様に、身動きもしないで待構えていた。

やがて、彼が庭内に忍び込んでから二時間程もたった時分、彼の予想は恐ろしくも適中して、さい前彼が乗越した板塀の上の星空に、何ともえたいの知れぬ物の姿が、ニュッと現われた。

星の光と、闇に慣れた視力で、その物の姿を、やや明瞭に見て取ることが出来たが、如何にもそれは、驚くべく巨大な一匹の蠍に相違なかった。

そいつは、実に不器用な恰好で塀を乗り越すと、転がる様に地上に飛び降りて、そこの闇にじっと横わったまま、邸内の気配を窺うのか、暫くは身動きもしなかった。

守は今、その全身を朧に眺めることが出来たが、毒蜘蛛を千倍に拡大した様な、醜怪兇悪な妖虫の姿に、思わずゾッと総毛立たないではいられなかった。

無論こんな怪物が東京の真中に棲息している筈はない。子供だましの作り物に極まっている。だが、それとは承知しながらも、闇の中に蠢く、余りに突飛な物の形に、脅えないではいられなかった。