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ようちゅう

妖虫

江戸川 乱歩

「キング」大日本雄弁会講談社、1933(昭和8)年12月~1934(昭和9)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 120,290 字 · 239 页

青空文庫

「どうして僕の名を知っているんだ」

とでも虚勢を張って見る外はなかった。

「ウフフフ……、知っている訳があるのさ。お前は、大切な俺の餌食の兄弟だからね」

守には咄嗟に「餌食の兄弟」という意味が分らなかったので、黙っていると、相手はさもおかし相に又笑って、併しやっぱり圧し殺した声で、

「餌食というのはね、ホラ、今夜の春川月子みたいな美しい餌食のことさ。ウフフフ……、分ったかね」

アア、何と云う事だ。悪魔が餌食といっているのは、守の妹の珠子のことであったのだ。だが、余りと云えば突拍子もない言草ではないか。一体全体何の理由があって、何の恨みがあって。

「僕の妹を知っているのか」

「ウン、よく知っている。東京の女学生という女学生の内で第一等の美人の珠子という娘を、俺はとっくから知っているんだ」

「どうしようというのだ」

「餌食にしようというのさ。ウフフフ」

「ウヌ」

余りの言草に、守はカッとのぼせ上って、いきなり相手に組みつこうとした。

「馬鹿ッ、命が惜しくはないのか」

グイグイとピストルの筒口をつきつけられては、流石にそれ以上手向う勇気はなかった。守はただ拳を握りしめて、身体中から冷汗を流して、無念の歯噛みをするばかりであった。