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ようちゅう

妖虫

江戸川 乱歩

「キング」大日本雄弁会講談社、1933(昭和8)年12月~1934(昭和9)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 120,290 字 · 239 页

青空文庫

「こちらです」

と、男は先に立ちながら、

「相川さん、今晩は用心しないといけませんぜ。先生はひどく不機嫌です。いつも余り機嫌のいい人じゃありませんがね。今晩は殊にひどいですよ。さい前帰ってから、書斎に閉籠ったきり、お茶を持って行っても、僕をよせつけないんですからね」

と親切に注意してくれる。見かけによらない好人物と見える。

「この家には、先生とあなたと二人切りなんですか」

そういう噂を聞いてはいたけれど、建物が広過ぎる様に感じたので、訊ねて見ると、

「そうです。先生は女嫌いです。奥さんは一度も持たなかった相です。僕もまあ女嫌いですがね。ハハハ……」

変物の先生には、変物の弟子がつくものと見える。この男、初対面の客に、色々な事をペラペラと喋るのだ。

薄暗い廊下を曲り曲って、やっと名探偵の書斎に来た。廊下の造り方さえ迷路の様だ。

男はドアをノックして、「相川さんです」と呶鳴った。

すると、中からドアが細目に開いて、鬚もじゃの顔がチラッと覗いたが、低い嗄声で、

「相川さんだけお入りなさい。お前はベルを鳴らすまで用事はない。あっちへ行っていなさい」

と云った。

(成程変りものだわい)と少しおかしくなったが、云われるままに中に入って見ると、まるで学者の研究室の様に、四方の壁が本で埋まっていて、部屋の真中に、大きな書きもの机