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さこんのいかり

左近の怒り

坂口 安吾

「講談倶楽部 第六巻第九号~第一一号」1954(昭和29)年7月1日~9月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 47,454 字 · 95 页

青空文庫

なぜならば、葉子さんもタコスケ氏もそれを知っているからである。特にタコスケ氏のタンテイ眼をあなどるのはワケがわからないな。してみるとタカの知れた敵だね。それで夏川さんは、なんと返事したんですか」

「明日の十二時に東京駅の八重洲口で待ってるそうだ。社長が海へ戻ってよろしいと承知すれば戻るよ」

「なぜさ」

「ボクが東京から立ち去らなければ、あの人は次から次へとさらに困ったことを脅迫されるそうだ。そのあげく社長や葉子さんの身にも危険が迫るそうだよ」

「敵もボクには手がだせないらしいね」

「私のことなら平気だわ」

葉子はいささかなじり気味だ。

「だってね。私たち、他人から危害をうける覚えが身にないんですもの。私は誰も怖れないわ」

「危害をうける理由は一ツあるね。つまり今回の出版さ。敵は夏川さんを買いかぶっているらしいよ。つまりさ。夏川さんをこの出版に絶対必要の用心棒ぐらいにふんでるらしいや。トンマな奴なんだね」

「出版は私たちの職業ですもの。人を怖れることはないわ。途中でよして海へ帰るなんて反対だわ」

「夏川左近もヤキがまわったらしいよ。ボクがヤキをいれてやるから、一ヵ月ほどボクに見習って修業しな」