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さこんのいかり

左近の怒り

坂口 安吾

「講談倶楽部 第六巻第九号~第一一号」1954(昭和29)年7月1日~9月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 47,454 字 · 95 页

青空文庫

左近の上京

左近の上京

夏川左近は久方ぶりで上京のついで古本あさりに神田へでた。そのときふと思いだしたのは大竜出版社のことだ。終戦後の数年間、左近は密輸船に乗りこんでいた。荒天つづきのつれづれに、そのころの記録をつづり「密輸船」という題をつけて大竜出版社へ送ったままになっている。かれこれ一年ぐらい前のことである。むろん原稿を送りこんでいきなり本にしてもらえると思ってもいないが、ちょうど神田へでたついでだから冷やかし半分に大竜出版社を訪ねる気持になったのである。

小さな店構えだ。誰もいない。大声で案内を乞うと、漫画の中の小僧のようなのが奥からチョロチョロとでてきた。

「なんの御用?」

「ボクは一年ほど前に密輸船という原稿を送っておいた夏川左近という漁師ですが、社長か誰かに会えませんか」

「キミ原稿書いたの?」

「そうだよ」

「いま、何してんの?」

「漁師だよ」

「フーン。漁師か。なんて原稿だっけ」

「密輸船」

「ア、そうか。テキは海賊だな」

小僧はチョロ/\ひッこんだ。それから四分の一時間もすぎてから、小僧と一しょに若い娘がでてきた。事務員らしい。まだ子供らしさの多分に残っている少女であるが、知的な目がパッチリかがやいていて、目がさめるような清楚な感じがする。