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さこんのいかり

左近の怒り

坂口 安吾

「講談倶楽部 第六巻第九号~第一一号」1954(昭和29)年7月1日~9月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 47,454 字 · 95 页

青空文庫

玉子はダイヤルをまわして、金庫をあけた。

「これが秘密書類です。これだけが汚職事件の物的証拠だそうです。あなたはこれをどうなさる?」

「ハッキリした当てはありませんが、いまの世相では国民の友達は新聞だけのようですから、太平洋新聞へとどけようかと思っています」

「それがよろしいわ。では私についてらッしゃい。犬をなだめますから。あなたが新聞社へおつきのころまで、この家の者は一歩も外へ出させません」

玉子はともすればくずれそうな足どりをふみしめながら左近を階下へ案内し、庭へでて犬をなだめてくれた。

「御無事にね」

「ありがとう」

左近を送りだして潜戸をしめると、力がつきはてて玉子は思わず潜戸に顔を伏せたが、やがて顔をあげた時には、明るい輝きがみちていた。

「ありがとうは、私が左近さんに云わなければならない言葉だったわ。私も今からは人間になったのだ。左近さん。ありがとう」

そして左近が太平洋新聞の応接室で社会部長や次長らにかこまれて秘密書類奪取のイキサツを語っているころ、玉子は緑の自動車ではないタクシーをよんで、いずこともなく姿を消し去るところであった。

今から人間になるために。