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ふくいんさつじんじけん

復員殺人事件

坂口 安吾

「座談 第三巻第六号~第七号、第四巻第一号~第三号」1949(昭和24)年8月1日~9月1日、1950(昭和25)年1月1日~3月1日(未完)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 96,621 字 · 195 页

青空文庫

生年月日 不明

職員の語るところによれば、織田秀吉は所属部隊、姓名、原籍等について一切告げることを欲せざりし由なるも、醜怪に変貌せる病者の心事の悲痛なるを察し、彼らも強いてきかざりし由なり。

彼は本年四月末ごろより、他の患者にそそのかされて熱海銀座の街頭へ現れはじめたるも、当初は彼の意志はあらず、かかる重傷者を看板にして稼がんとの同僚の策謀に乗ぜられたるものなり。策謀は奏効し、彼の存否によって募金の差額甚大なるため、同僚の彼を遇するや厚く、美食を供して歓心を得んと腐心せり。彼の慾望は主として美食にあり。しかれども、いったん募金の額の多大なることを知るや、露骨に多額の報酬を要求してやまず。次第に増長し、ついには募金の大半の独占を主張してゆずらざるに至れり。彼は募金の箱を自らの膝の上にのせ、つぶさに一日の額を計算記憶して忘れず、実にその八割を要求するに至れり。同僚はその貪慾に呆れて、離反するに至れり。

彼はいったん知った街頭募金の味を忘れえず、しかれどもその貪慾なるによって、同僚をつくるを欲せず、動作に不自由の身にも拘らず、単身熱海銀座へ通いはじめたり。