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ふくいんさつじんじけん

復員殺人事件

坂口 安吾

「座談 第三巻第六号~第七号、第四巻第一号~第三号」1949(昭和24)年8月1日~9月1日、1950(昭和25)年1月1日~3月1日(未完)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 96,621 字 · 195 页

青空文庫

第二章 昭和十七年の出来事

そのとき、巨勢博士が、ニヤニヤと、だしぬけに私に話しかけた。

「どうでしょう、矢代先生。そのへんで一杯のんで、今夜はひとつ、箱根泊りとシャレませんか。残暑払いに快適でさア。僕が先生に弟子入りしたころは、先生は小田原住いで、時々箱根へお伴を仰せつかったものだったけど、あの味は忘れられないな」

まったく私は戦争の始まる前から小田原に住んでいたのである。サイカチ通りという所があって、私はその奥に住んでいたが、サイカチ通りの妙に閑静な家並というものは、眠ったような風趣があって、今も忘れることができない。

「よかろう。ひとつ、今夜は箱根へのそうや」

と、私も腰をあげたが、こういう偶然な発端によって、私まで、復員殺人事件の渦にまきこまれることになったのである。

第二章 昭和十七年の出来事

昭和十七年といえば、私はまだ小田原に住んでいた。そして、この事件の発端については、いくらか耳にしていた。とはいえ、当時は戦争熱のタケナワの頃のことで、土地の新聞もさしたる報道を行わず、巷説も、他殺、自殺、いゝ加減なものだった。私は今、巨勢博士や当事者から得た新しい材料によって、この発端の惨劇について詳細の報告をしておかなければならない。