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ふくいんさつじんじけん

復員殺人事件

坂口 安吾

「座談 第三巻第六号~第七号、第四巻第一号~第三号」1949(昭和24)年8月1日~9月1日、1950(昭和25)年1月1日~3月1日(未完)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 96,621 字 · 195 页

青空文庫

「イヤですよ。私はそんな。私は何もしませんよ」

「いゝから、これを指へつけて、おすんだよ」

三村に怒鳴りつけられて、モトは失心しそうな危なさで、ようやく指紋を捺した。

「このヒモは、誰の持ち物だね」

捜査主任は、安彦のクビにまかれたヒモを指した。それはクビの後に、かたく結ばれていた。

モトは見ようともしなかった。

「こら、見ないかね。お前はどこを見ているのだ」

三村は怒鳴りつけておいて、モトの顔をグイとねじまげた。顔はそっちへ向いたが、モトは目をあけなかった。

「こら、目をあけて、ハッキリ見ないか。さもないと、お前が犯人だと思われてしまうぞ」

こう叱られて、よほど強くこたえたらしい。モトは目をあけてヒモを見た。俯伏しているから、見れば、さのみ怖しい情景でもないのである。

「よく見て、誰の物だか、云ってごらん」

「アア」

モトは、うなだれた。

「誰の物だね」

「美津子様の用いていらッしゃる品物です。ふだん和服の時に使っていらッしゃる物ですよ」

「美津子さんは、今日は日中はいなかったんだね」

「ハア、そうです。今日は洋装でおでかけでしたから、この腰ヒモはお用いではありません」