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おもいちがいものがたり

思い違い物語

山本 周五郎

「労働文化」労働文化社、1950(昭和25)年9月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,840 字 · 88 页

青空文庫

「いいえわかりません、わかる道理がありませんわ」津留はなお泣きながら、「――いま仰しゃることが本当なら、婿養子をお断わりになるわけがないじゃございませんの」

「これは驚いた、これはどうも、いや待って下さい、いいですか、私は貴女と結婚したいんですよ貴女と、そのほかの誰とも絶対に御免です、絶対に、それを貴女はこの家の婿養子になれと云う」

「だって泰三さまが、もし、わたくしをお好きなら、そうして下さる筈ですわ」

「では貴女は私に二重結婚をしろというわけですか」

「わかってますわ」津留はますます甘く、そして悲しげに泣く、「――あなたは津留を嫌ってらっしゃるんです、泰三さまはわたくしがお嫌いなんです」

「待って下さい、泣かないで下さい、もういちど云いますがね、私は貴女とだけ結婚したいんです、いいですか、貴女のほかには絶対に、わかりますか、絶対に貴女のほかには……」

廊下では右衛門が。――さっきの騒ぎで駆けつけたものだろう、――問答をそこまで聞いて首を振り、眉をしかめ、ふきげんな、おそろしく渋いような顔をして、絶望的に深い溜息をついて、そうして悄然と向うへ去っていった。