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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

06 第六分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,320 字 · 398 页

青空文庫

ここでは床の花を愛であい、高麗茶碗の古雅を語り、露地の風趣や、冬日のあたたかさなど――話題はまったく日頃の戦陣や人間の葛藤を離れて、おたがいにさながらの生命を養い楽しませようとした。――ひとたび事ある日には、その生命を最大価値にまで昂めて捨てもし働かしも得るように。

そのあとで、茶入れ、茶板など拝見のことがあり、それがすむと、亭主の信長は水屋へ退る。

客は隣の広間へ移って、雑談にくつろいだ。

信長も、あらためて、それへ出て、客一同へ向い、手をつかえて、

「まことに、不行き届きでござった。何の興もあるまいが、ゆるゆるおはなしなと」

と詫び入っていう。

客は臣下、亭主は主君。ここでの形は、何か逆さま事に見えるが、たとえ主君でも亭主である以上、客に対して、慇懃、いやしくも和敬を崩さないことは茶礼である。――常に群臣を下に睥睨して、皇居へ伺候するとき以外は、頭を下げることを知らない信長にとっては、ここはよい修行室になるともいえよう。客に仕え、自分に慎み、低頭屈身、すこしの粗相もないように、終始、おのれの心を人の満足と歓びのために提供しきるなどという行いは、とても信長の性には合わぬことと思われもするのだが、それがこの茶室では極めて自然に行えるのだった。