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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

06 第六分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,320 字 · 398 页

青空文庫

故郷。

実に、はからずも、彼はこよいを、故郷にすごすのだった。

――後に思いあわせれば、これこそ、産土の導きか、尽きせぬ宿縁か、それとも天が不言のうち、彼の人生の名残を尽させたものだろうか。

こよい四月十九日から、わずか四十余日の後には、本能寺の猛火の中に、その肉体を一塊の灰となしていた信長だったのである。

知らない。知るよしもない。それから四十余日後の身の運命など、もとよりこのときの信長が、思い寄るわけもない。

だが、あだかも彼の霊は、すでにその時からそれを予知していたように、清洲の城のおくつきに詣でては、久しぶりに父信秀の墓前を掃き、そこから暮靄遠く、政秀寺の方を眺めては、

「ああ、爺がいたら」

と、信長の眼に、うたた回顧を起させていた。

まだ少年の頃、老臣の平手中務政秀は、手にもおえぬ少年信長を諫めるため、老腹を切って死んだ。――信長の父信秀から、

(たのむぞ)

といわれた生前の一言を、ついに死をもって尽したのである。

この老臣のことだけは、信長も一生胆に沁みこんでいたとみえ、何かよいことがあるとかならず、

(爺がいたら……)

と、よく口にもらしていた。