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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

05 第五分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 197,228 字 · 394 页

青空文庫

ふと、蘭丸は口をつぐんだ。すこし云い過ぎたと覚って、心に悔いているらしい。光秀に抱いている感情を秘すことは処女のような蘭丸であった。

こんな時、秀吉は、決して鋭感な顔はしていない。至極、神経の粗雑な体を示して、

「やあ、もう見える。安土の御城下はあれ。急ごう、於蘭どの」

と、相手の神経などにかけ関いなく、そう指さすやいな、駒を早め出した。

城門の正門は、混雑していた。変を知って馳せつけた登城者の従者や、近国から殺到した使いの者たちである。

秀吉と蘭丸はその中をほとんど掻き分けるようにして、本丸の八景の間へ通った。

「御評議中です」

とのことに、すぐそこへ加わろうとしたところ、信長の側へ行ってまた戻って来た蘭丸が、

「竹の間で待てとの御意ですから――」

と、秀吉を誘って、本丸の三層楼へ案内した。

竹の間、桐の間などがあるこの一層は、信長の居室にあてられていた。秀吉はひとり坐って、湖をながめていた。

やがて、信長が来て、やあと云いながら、無造作に上座へすわった。秀吉は礼を執ったきり、黙然としていた。無言と無言は長くつづいたが、無駄口をかわしている遑は、どっちにもないのである。