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にほんばし

日本橋

泉 鏡花

「日本橋」千章館、1914(大正3)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,697 字 · 177 页

青空文庫

でござりますが。」

爺さんは天秤を潜るがごとく、腰を極めて、一息寄る。

「そのお弱い貴女が、また……何で、今時分、こんな処に夜風は毒の、橋は冷えます。私なんぞ出過ぎましたようでござりますが、お案じ申すのでござりますよ。」

「難有う、……身投げじゃないの、お爺さん。」

「滅法界な、はッはッ。」

「でも、ほんとうは投げても可いんです、今夜あたり。」と微笑んだ、が、笑顔の気高いのが凄いように見える。

「滅相至極も無い。」

「親身に心配して下さるのを私、串戯を云って済みません。まったく身でも投げそうに、それは見えましたでしょうとも。一人で、こんな処にぼんやりして。

実はね、お爺さん、宵からお目に掛っていた客が、帰りがけにこの橋から放生会をなすった品があるんです。――昨日はお雛様のお節句だわね――その蛤と栄螺ですって。」

「はい、成程。」

「殿方ばかりでなさるんでは、わざとらしくも聞えますが、その方は御姉さんの御遺言。……まあね、……遺言と云った訳なんですとさ、私も姉が亡くなったんです。

何ですか、可懐くって、身に染みてならないのに、少々仔細が有りましてね、もうその方ともこれっきり、お目に掛られないかも知れなくなったの。