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にほんばし

日本橋

泉 鏡花

「日本橋」千章館、1914(大正3)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,697 字 · 177 页

青空文庫

一度、勤人の堅気が借りて、これは無事。ただし商館通いであったが、旅順とやらの支店の方へ勤がえになって、貸家札。

時に二割方家賃をあげた。近所では驚いた。差配の肚は大きかった。

すぐに引越し蕎麦を大蒸籠で配ったのが、微酔のお孝であった。……抱妓が五人と分が二人、雛妓が二人、それと台所と婢の同勢、蜀山兀として阿房宮、富士の霞に日の出の勢、紅白粉が小溝に溢れて、羽目から友染がはみ出すばかり、芳町の前の住居が、手狭となって、ここに鏡台の月を移して、花の島田を纏めたものが。

三年にして現時の始末。

もっとも中頃、火取虫が赤いほど御神燈に羽たたきして、しきりに蛞蝓が敷居を這う、と云う頃から、傍では少なからず気にしたものの、年月過ぎたことでもあり、世間一体不景気なり、稲葉家などは揚りのいい方、取り立てて言出して、気にさせても詮ない事と、土地で故顔のお茶屋の女中、仕上げて隠居分の箱屋なども、打出しては言わなかった。

かえって河岸の客などに、場所も所説もよく知って、――中には見たのが有ると云う――酒の座敷で威かし半分、

「帰りに摺違うよ、露地口で。」

とまで打撒けるものは有っても、勝気気嵩の左褄、投遣りの酒機嫌。