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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
02 第二部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 页
「会わぬと申せ」と甲斐は手を振った、「用があるなら屋敷へまいれ、誰に限らずここで会うことはできぬ、そういって断われ」
丹三郎は去り、甲斐はおくみと居間へはいった。
やがて、男女の芸者が七人ほどやって来、賑やかな酒宴が始まった。甲斐は丹三郎を隣りに坐らせ、三度、自分で酌をしてやった。丹三郎は固く坐って、酌をされただけは飲んだが、そのあと、おくみがすすめても、盃を持とうとはしなかった。
「今日はおまえの酒宴だ」と甲斐が云った、「かしこまっていないで、自分の好きなようにするがいい」
丹三郎は「はい」と答えた。
甲斐は彼が涙ぐんでいるのを認めた。この別宴を設けてもらったよろこびのためか、原田家を去る感慨か、それともこれからの、絶えず死と当面する役目を、思いやってか。おそらくその三つと、そして宇乃への思慕がいっしょになっているのであろう。――哀れなやつだ。と甲斐は心のなかで思った。
丹三郎は「自分の死は御役に立つであろう」と云った。主人のために身命を惜しまないのは、侍の本分ではあるが、誰にでもそう容易に実践できることではない。甲斐は丹三郎を知っているし、彼の性質としてそういうことを口に出して云う以上、そのときが来れば死を怖れないだろう、ということもわかっていた。