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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
02 第二部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 112,073 字 · 223 页
――だがおれは好まない。
国のために、藩のため主人のため、また愛する者のために、自からすすんで死ぬ、ということは、侍の道徳としてだけつくられたものではなく、人間感情のもっとも純粋な燃焼の一つとして存在して来たし、今後も存在することだろう。――だがおれは好まない、甲斐はそっと頭を振った。
たとえそれに意味があったとしても、できることなら「死」は避けるほうがいい。そういう死には犠牲の壮烈と美しさがあるかもしれないが、それでもなお、生きぬいてゆくことには、はるかに及ばないだろう。
甲斐がそこまで考えたとき、とつぜん、隣りに坐っていた丹三郎が「無礼者」と叫んで立ちあがり、殆んど座を蹴るようにして、縁側のほうへ出ていった。
庭さきに一人の男が立っていた。
鳴物や唄声がいちじにやみ、みんなが縁側のほうを見た。その男は覆面をしていた。たぶん裏から忍びこんだものであろう、縁さきの沓脱ぎ石に片足をかけ、甲斐のほうを注視しながら、静かな声で云った。
「原田さん、会って下さい」
丹三郎は走ってゆき、脇差に手をかけて、もういちど烈しく叫んだ。
「騒ぐな丹三郎」と甲斐が制止した、それから男に云った、「こちらの名をご存じなら、そちらの御姓名も聞こう、御用はなんですか」