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しんやのしちょう

深夜の市長

海野 十三

「新青年」博文館、1936(昭和11)年2月~6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 109,982 字 · 220 页

青空文庫

暗雲低迷する空の下、情熱に燃えたこの断末魔のモガの媚態はいつまでも続いたが、そのとき一台の立派なクライスラーが花壇の傍をゆるやかなスピードで通りすぎんとして、どうしたわけだか、ピタリと停まり、しかもジンジンとエンジンを高鳴らしながら徐々に逆行してきた。その車窓からは、立派な河獺の襟のついたインバネスを着た赭ら顔の肥満紳士がニコやかな笑顔を見せて、手招きをしていた。彼の運転手は車を停めると、ヒラリと外へ下りた。

「まあ、動坂さんだわ……」とマスミは急に眼を輝かして「これがあたしの本当の運命だわ」

と独り言をいって、こんどは僕の方を振り向き、

「あたし、ちょっと用事ができたのよ。この絹ちゃんを貴方にお願いしてよ。……」

そう云い捨てるなり、彼女は別人のように朗らかな調子になり、運転手がサッと開いた扉のうちにヒラリと滑りこんだ。そして僕が呆気にとられているうちに、その高級自動車は一抹の紫の煙を残して、アメリカ松の並木の陰に姿を消してしまった。――

「なんという出鱈目な女だろう!」

僕は奔放な彼女の性格に愕きながらも、大きい鯉を釣針から逃がしたような気がしないではなかった。