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ささめゆき
細雪
谷崎 潤一郎
03 下巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 226,715 字 · 431 页
雪子も最初はその無躾な視線を不愉快に感じるのみであったが、やがて、男が何か訳があって自分を視詰めているのではないか、と思うようになった。と云うのは、そうしているうちに、彼女もその男の顔を、何処かで見たことがあったような気がし出して来たからであった。男は四十歳前後でもあろうか。鼠地に白い立縞のある背広に開襟シャツを着た、色の黒い、頭髪を綺麗に分けて撫で着けた、何となく田舎紳士と云う感じのする、痩せた小柄な人物で、膝の間に洋傘を挟んでその上に両手を重ね、さっきはその上に頤を載せていたのが、今はうしろへ凭りかかっていて、頭の上の網棚に真っ白なパナマ帽を置いている。ハテ誰であったか知らん、どうしても思い出せないが、―――と云う面持で、男も彼女も、向うが見る時は此方が避け、此方が見る時は向うが避けして、お互に眼で探りを入れていたが、彼女はこの男が先刻豊橋から乗って来たのであることを思い、豊橋辺に知った人などはない筈だがと思っているうちに、ふと、今から十年以上も前、義兄の斡旋で見合いをしたことのある三枝と云う男ではなかったかと考えついた。たしかその時の話では、三枝と云うのは豊橋市の素封家だと云うことであったが、多分あの時の三枝がこの男に違いないのであった。