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じゆうじん

自由人

豊島 与志雄

「芸術」1948(昭和23)年7月、9月、11月、1949(昭和24)年1月(未完)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,030 字 · 139 页

青空文庫

清水町の家からこの池のほとりへ逍遥に出てくると、たいてい、あらゆる屈託が晴れるのである。

池の大部分は、戦時中からの名残りの田圃で、爽かな稲の葉先を微風が渡っていた。そこをぐるりと廻って、西側のボート小屋の近くへ来ると、蓮の葉が重なり合って茂っている。後れ咲きの小さな花もあるが、既に大きくなってる実の方が多い。北村は単衣の着流しの足を留め、籐のステッキを両手でついて、蓮を眺めた。画家としての視力に、彼の精神は集中してくる……。

すぐ後ろに、無関係な通りがかりの人とは違った、なにか気配を感じて、彼が振り向くと、松本千重子の空色の洋装姿が、微笑んでいた。

「なんだ、君か。」

「ずいぶん、一心に見ていらしたわね、これで、花の見おさめ、と思っていらっしゃるみたいよ。」

「そんなことを言うから、君はだめなんだ。私は花を見ていたんじゃない。蓮の葉と蓮の実、これが面白い。ただ少し……。」

「柄が長すぎる。」

「ばか、色彩が足りない。」

「だって、小父さまの絵は、実物にないような色でも、自由自在にお塗りなさるんでしょう。色は物にあるのでなく、光線にあり、でしょう。」

「そう、その通り。