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じゆうじん

自由人

豊島 与志雄

「芸術」1948(昭和23)年7月、9月、11月、1949(昭和24)年1月(未完)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,030 字 · 139 页

青空文庫

三日前の晩、茶の間の隣りの六畳の室で、松本は晩酌をやっていた。――秩序を重んずる彼は、八畳の茶の間で家族一同と食事を共にし、その後で六畳に引込み、晩酌をする習慣なので、つまり、食事と晩酌とが普通の人とは逆な順になる。その六畳に、ピアノもラジオも蓄音器もあるが、それは晩酌がすむまで使ってはならないのである。

娘たち、千重子と八重子は、茶の間に居残り、映画や野球の話をしていた。松本のそばには、富子夫人がついていて、途切れがちな低い言葉があった。暫くひっそりとした後、突然、ガチャリ、ピシリ、と大きな響きが起った。

千重子は隔ての襖を開いて覗いた。父も母も、いつもの通り坐っていたが、父は赤い顔をし、母は蒼い顔をしていた。すぐに、父は立ち上って、奥の書斎の方へ行った。母は身動きもせず、縁側の硝子戸を見つめていた。硝子が一枚、隅っこに破片を残したまま、飛び散っていて、後で分ったのだが、その外の庭石に、九谷焼の銚子が砕けていた。

父の激怒の乱暴な発作は、嘗てないことで、全く予想外のことだった。原因が不明なだけに、なおさら不可思議だった。母は何とも言わなかった。