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きくやしき
菊屋敷
山本 周五郎
「菊屋敷」産報文庫、大日本雄辯會講談社、1945(昭和20)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,620 字 · 71 页
七
自分は晋太郎の養育になにもかもうち込もう、あらゆるものを抛うってこの子を生かすのだ。
七
園部夫妻が立っていった日から三日めに、杉田庄三郎が三名の青年たちと訪ねて来た。用件はむろん靖献遺言の講義のことだった。志保ははっきりと断わった。
「よく考えてみましたが、あの書は宝暦年中、竹内式部どのが京で公卿がたに講義をあそばして、幕府から厳しいお咎めを受けたものだと伺いました。父がみなさまに授講しなかったのも、そこを憚かったのではございますまいか、わたくしそう存じますけれど」
「仰しゃるとおりだと思います。しかしわれわれが遺言を講じて頂きたい理由の一もそこにあるんです」庄三郎は声を低くした、「……わたくし共は幕臣ですけれども、ただ幕府に仕えているだけで本分を尽したとはいえません。亡き先生の教はつねにそれを示して下すった、ぎりぎりにつき詰めればわれわれはみな朝廷の兵である、大義とはその一点をさし、身命を捧ぐるところもそのほかにはない、直接のしゅくんたる幕府へ忠節を尽すのは云うまでもないが、万一にも幕府に非違があれば、敢然と起って朝の御盾とならなければならぬ、忠とはそのことの謂だと仰せられました、……靖献遺言がまことに義烈の精神をやしなう書であるなら、幕府の忌諱を怖れる要はない、先生の時代にもし憚らねばならなかったものなら