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とおのものがたり

遠野物語

柳田 国男

「遠野物語」柳田國男、1910(明治43)年6月14日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,063 字 · 79 页

青空文庫

一〇〇

夏の初めの月夜に便所に起き出でしが、遠く離れたるところにありて行く道も浪の打つ渚なり。霧の布きたる夜なりしが、その霧の中より男女二人の者の近よるを見れば、女は正しく亡くなりしわが妻なり。思わずその跡をつけて、遥々と船越村の方へ行く崎の洞あるところまで追い行き、名を呼びたるに、振り返りてにこと笑いたり。男はとみればこれも同じ里の者にて海嘯の難に死せし者なり。自分が婿に入りし以前に互いに深く心を通わせたりと聞きし男なり。今はこの人と夫婦になりてありというに、子供は可愛くはないのかといえば、女は少しく顔の色を変えて泣きたり。死したる人と物いうとは思われずして、悲しく情なくなりたれば足元を見てありし間に、男女は再び足早にそこを立ち退きて、小浦へ行く道の山陰を廻り見えずなりたり。追いかけて見たりしがふと死したる者なりしと心づき、夜明けまで道中に立ちて考え、朝になりて帰りたり。その後久しく煩いたりといえり。

一〇〇 船越の漁夫何某。ある日仲間の者とともに吉利吉里より帰るとて、夜深く四十八坂のあたりを通りしに、小川のあるところにて一人の女に逢う。見ればわが妻なり。