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とおのものがたり
遠野物語
柳田 国男
「遠野物語」柳田國男、1910(明治43)年6月14日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,063 字 · 79 页
九十
誰ならんと思い林の樹木越しにその人の顔のところを目がけて歩み寄りしに、道の角にてはたと行き逢いぬ。先方は思い掛けざりしにや大いに驚きて此方を見たる顔は非常に赤く、眼は耀きてかついかにも驚きたる顔なり。山の神なりと知りて後をも見ずに柏崎の村に走りつきたり。
○遠野郷には山神塔多く立てり、そのところはかつて山神に逢いまたは山神の祟を受けたる場所にて神をなだむるために建てたる石なり。
九十 松崎村に天狗森という山あり。その麓なる桑畠にて村の若者何某という者、働きていたりしに、頻に睡くなりたれば、しばらく畠の畔に腰掛けて居眠りせんとせしに、きわめて大なる男の顔は真赤なるが出で来たれり。若者は気軽にて平生相撲などの好きなる男なれば、この見馴れぬ大男が立ちはだかりて上より見下すようなるを面悪く思い、思わず立ち上りてお前はどこから来たかと問うに、何の答えもせざれば、一つ突き飛ばしてやらんと思い、力自慢のまま飛びかかり手を掛けたりと思うや否や、かえりて自分の方が飛ばされて気を失いたり。夕方に正気づきてみれば無論その大男はおらず。家に帰りてのち人にこの事を話したり。その秋のことなり。