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とおのものがたり
遠野物語
柳田 国男
「遠野物語」柳田國男、1910(明治43)年6月14日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 39,063 字 · 79 页
三五
三六
三七
その小字に長者屋敷というは、全く無人の境なり。ここに行きて炭を焼く者ありき。或る夜その小屋の垂菰をかかげて、内を窺う者を見たり。髪を長く二つに分けて垂れたる女なり。このあたりにても深夜に女の叫び声を聞くことは珍しからず。
三五 佐々木氏の祖父の弟、白望に茸を採りに行きて宿りし夜、谷を隔てたるあなたの大なる森林の前を横ぎりて、女の走り行くを見たり。中空を走るように思われたり。待てちゃアと二声ばかり呼ばわりたるを聞けりとぞ。
三六 猿の経立、御犬の経立は恐ろしきものなり。御犬とは狼のことなり。山口の村に近き二ツ石山は岩山なり。ある雨の日、小学校より帰る子どもこの山を見るに、処々の岩の上に御犬うずくまりてあり。やがて首を下より押しあぐるようにしてかわるがわる吠えたり。正面より見れば生まれ立ての馬の子ほどに見ゆ。後から見れば存外小さしといえり。御犬のうなる声ほど物凄く恐ろしきものはなし。
三七 境木峠と和山峠との間にて、昔は駄賃馬を追う者、しばしば狼に逢いたりき。馬方らは夜行には、たいてい十人ばかりも群をなし、その一人が牽く馬は一端綱とてたいてい五六七匹までなれば、常に四五十匹の馬の数なり。