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まじゅつし
魔術師
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1930(昭和5)年7月~1931(昭和6)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 139,264 字 · 280 页
アア、流石の魔術師ももう袋の鼠だ。
やがて曲者は、表側の屋根裏の隅っこへ追いつめられた。相手は三人、身をかわして逃げ出す見込みはない。絶体絶命だ。
彼は三角に狭まった隅っこに身をかがめて、じっと動かなかった。猫に追いつめられた鼠が、反対に猫に飛びかかろうとする時の、あの物凄い姿勢だ。下から洩れて来る光の糸が、その部分部分を縞にして、一層不気味に浮上がらせている。
追手が三方からジリジリと獲物目がけて這い寄って行く。
突然曲者の右手にキラッと光ったものがある。ア、短刀だ。愈々鼠は猫に刃向って来る積りだ。
道具方二人は逃げ腰になった。明智も足場を定めて、防戦の身構えをした。そして、なおもジリジリと敵に近づいて行く。
と、途方もない不思議なことが始まった。賊は短刀の刃先を追手に向ける代りに、我と我が喉に当てて、今にも自殺し相な様子を示す。驚いて一歩退くと、短刀の手を卸すが、又近づくと、その切先が喉へと飛上る。
アア、何ということだ。賊は近づくと自殺するぞとおどかしているのだ。しかも本当に喉笛を掻切る勇気もないのだ。これがあの世間を騒がせている大胆不敵の怪賊の仕草であろうか。