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まじゅつし

魔術師

江戸川 乱歩

「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1930(昭和5)年7月~1931(昭和6)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 139,264 字 · 280 页

青空文庫

善太郎氏は非常な恐怖の色を浮べた。彼は恐ろしく蛇嫌いであった。ヘビと聞いた丈けでも顔色が変る程であった。だが、今非常な恐怖を感じたのは、ただそれ丈けの理由ではない。

一郎も二郎も、それを知らなかったけれども、善太郎氏は明智小五郎から、賊の最期について詳しい話を聞いていた。例の怪しげな蛇の一件も、それが賊の所謂怨霊かも知れないという怪談めいた一節も、悉く聞知っていた。珍らしい小豆色の蛇、おまけに角力取りみたいな大男、いずれも怪賊魔術師を思出させる者共ではないか。彼が恐れ戦いたのも無理ではなかったのだ。

「その蛇は、どこへ行った」

彼は青ざめて、キョロキョロ身辺を見廻しながら尋ねた。

「あたしが、びっくりして飛起きると、チョロチョロとベッドを伝い降りて、ドアの方へ走って行きました。そして、その入口の所で、鎌首をもたげて、まるで人間みたいに、じっとあたしの顔を見つめているのです。それから……」

「それから?」

「それから妙なことが起ったのです。又一郎兄さまに叱られるかも知れませんわ。余り変なのですもの。あすこの鼠色の壁から浮き出す様に、一人の天井につかえ相な、大男が現われて、ハッと思う内に、スーッと、外へ出て行ってしまったのです。