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まじゅつし
魔術師
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1930(昭和5)年7月~1931(昭和6)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 139,264 字 · 280 页
冗談じゃありません。僕は大切な用事があるのです」
明智はあっけにとられてしまった。狐につままれた様な、凡ての因果関係が混乱してしまった様な、途方もない感じがした。
「イイエ、そんなにおあせりなすっては駄目ですわ。何も御考えなさらない方がいいわ」
娘はまるで気の毒な精神病者をでも慰める調子で云ったが、一寸小首をかしげて、
「では後程又参りますわ。まずいのですけど、どうか御ゆっくり召上って下さいまし」
娘が逃げる様にして、ドアを開けるので、明智は驚いて、
「待って下さい。待って下さい」
と呼びながら、ソファから立上り、娘の跡を追ったが、五六歩でドアの所に達し、廊下へ出た娘の袖を、もう少しで捕えようとした時、突然、思いがけず、何かに足をとられて、バッタリ倒れてしまった。
「ホホホホホホ、ですから、じっとしていらっしゃる方が御為ですわ」
鼻の先でドアが閉って、ドアの外から娘の声が嘲る様に響いて来た。
気がつくと、足首に細い鎖がついて、その一端が部屋の真中のソファの下の床に取りつけてあることが分った。つまり彼は、丁度動物園の熊の様に、その鎖の描く円周の外へは出られないのだ。