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くろとかげ
黒蜥蜴
江戸川 乱歩
「日の出 第三巻第一号―第十二号」1934(昭和9)年1月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,633 字 · 215 页
「ええ、わかってますわ」
葉子はこの不可思議な冒険に、わくわくしながら、しかし元気よく答えた。
突如、車はその邸宅の通用門らしいくぐり戸の前に停車した。と同時に、そとから、何者かが自動車のドアをサッとひらいて、「早く」と、ただ一ことささやいた。
葉子は無言のまま、夢中で車を飛び出すと、あらかじめ言いふくめられていた通り、いきなり、その小さなくぐり戸の中へ駈けこんで行った。
すると、それと入れ違いに、これは潜り戸の内側から、葉子の肩にぶっつかって、鞠のようにころげ出し、自動車の、今まで葉子がかけていた座席へ飛びこんだ人がある。
葉子はとっさの場合、遠くの電燈のほのかな光の中で、その人を見た。そして思わずゾッとしないではいられなかった。
彼女は幻を見たのであろうか。それとも、さいぜんからの出来事がすべて恐ろしい悪夢なのではあるまいか。
葉子はもう一人の葉子を見たのだ。むかし離魂病という病があったことを聞いている。もしや彼女は、その奇病にとりつかれたのではないだろうか。
桜山葉子が二人になったのだ。一人は潜り戸の中へ、一人はその袖をくぐって自動車へ。髪かたちから着衣まで、これほどよく似た人間があってよいものか。