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フレップ・トリップ
フレップ・トリップ
北原 白秋
「女性」プラトン社、1925(大正14)年12月号~1927(昭和2)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,698 字 · 293 页
Y君はどかりと窓際のソファに腰を下ろして、グッと後ろへ凭れ気味になる。
「出して見なはり、その鑵詰ば。」と、それから此方を向いて、
「こつですたい、鯨の鼻骨は。粕漬ですもんな。まだ野菜漬もあったろが。うむ、そりそり。」と、またもう一つの鑵詰を新来の客に出させる。
「こりば、先生に上ぐっちいいよらす。食べて見なはっとよか。そりゃうまか。小樽で買うて来らしたたい。自分の家の鑵詰ですもんな。うむ、日本中の何処行たっちゃ売っとる。」
小松浦王はまだ立ったままだが、温和な微笑を面に漂わして、謙遜に、しかも何処かに闊達な意気をひそめている。口数が極めて少い。やさしい眼だ。
「それは難有う。それではウイスキイでも抜くかな。」
そこで、角罎の栓がポンと鳴る。鈴の釦を押す。ボーイが来る。煽風機が廻り出す。
「へへへへ。」と赤ら顔の車輛会社のS爺さんがひょろりとやって来た。もうだいぶきこしめしている。
「お酒盛ですかい。先生、わしはお恨みを申しに来ましたがな。へへ。」
「どうしたのです。まあ、お掛けなさいよ。」
「ええ、難有う。」と、ソファの尻、Y君の隣に、ぐにゃりとして、両膝に手をついた。