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ごべんのつばき
五瓣の椿
山本 周五郎
「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页
「怒るなよ、世の中のことは怒るやつが負けだぞ」おかねが去ると、彼は口を歪めてそう呟いた、「――藤井はあいつの古い馴染だ、あいつが万清楼の女中をしていたときからできていたらしい、そのくらいのことが見えないおれとでも思っているのか」
得石は手提を取って紐を解き、中から矢立と小さな帳面を出した。そこへお初という小女が、炭取と十能を持ってあがって来、お帰りなさいまし、とお辞儀をしてから、火鉢へ火を移しにかかった。得石はふきげんに、下へいったらおかみさんに、帳合をするから来るように云ってくれ、と命じた。お初は承知して去り、次に茶を持って来たが、おかねの来るようすはなかった。――晦日と十一日、二十一日は帳合の日である、平松町へもまわらなければならないし、五時には吉田屋に約束がある。どういうつもりだ、と彼は舌打ちをし、怒ってはいけないと自制しながら、手を叩いた。
あがって来たのはお初であった。
「おかみさんはどうした」彼は穏やかに云った、「帳合をすると云ったんだろう」
「はい」お初はまるい頬をまっ赤にした、「そう云ったんですけれど、おかみさんはいまちょっとあれですから、もう少しお待ち下さいって仰しゃってます」