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ごべんのつばき

五瓣の椿

山本 周五郎

「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页

青空文庫

「いそぐんだ」と彼は云った、「ほかにも用があっていそぐから、すぐ来るようにもういちど云ってくれ」

お初はおりていったが、それからさらに四半刻の余を経って、ようやくおかねがあがって来た。すっかり酔っているようで、眼の中まで赤く、髪の根もゆるんでいるし、着物も前さがりに着崩れていて、よろよろしながらはいって来るとき、下っている裾を踏んであぶなく転びそうになった。

「ごめんなさい、飲まされちゃったのよ」おかねは火鉢の脇へぺたりと横坐りになり、ほつれかかる髪の毛を、うるさそうにふうと口で吹いた、「あら、なんにも来てないのね、しょうのないお初だこと」

「今日は二十一日だ」と彼は遮って云った、「私は帳合に来たんだ、今日が帳合をする日だということはわかっている筈じゃないか」

「あら嘘よ」おかねはにらんだ、「今日は二十日じゃないの、二十一日は明日だわ」

「今日が二十一日だ」

「二十日ですよ」

得石は矢立から筆を抜き取り、墨壺をあけた、「いいから帳面と金箱を持って来い」

「そんなこといま急に云われたって困るわ、二、三日こっちいそがしくって帳面どころじゃなかったし、それに、ああそうだ、あなたが来たらお願いするつもりでいたんだわ」