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ごべんのつばき

五瓣の椿

山本 周五郎

「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页

青空文庫

――あたしはむさし屋のおしの、……

そして、父の恨みを云おうとしたけれど、舌がつって言葉が出なかった。頭がぼっとなり、眼の前が暗くなった。すると急に乳房が痛いほど重く張り、固くなった乳首が肌着にさわるのが感じられ、両腿の奥が湯をこぼすように熱くなった。手のひらや足の裏に、むず痒いような、するどくこころよい感覚が起こり、躯じゅうが痺れたようになった。

――拍子三つほどのあいだ、気を失ったような感じだった。

海野得石のときにも、まったく同じような反応が起こったものだ。嘔吐したのは血の匂いを嗅いだからだろうか、いや、血は殆んど出なかった。出たかもしれない、眼をそむけずにはいられなかったから、少しは出たかもしれないが、そんな匂いはしなかったし、あとで手を洗ったときにも、手は少しもよごれてはいなかった。

椿の花片を一枚、枕許へ置くときに、あたしは父に呼びかける。お父つぁん、これで恨みが一つだけ消えたでしょ、――すると父の頬笑む顔がみえるのだ。骨ばかりのように病み衰えた父の顔に、頬笑みがうかび、枕の上でそっと頷くのが、ふしぎなくらいありありとみえるように思う。