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ごべんのつばき

五瓣の椿

山本 周五郎

「講談倶楽部」1959(昭和34)年1月~9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,721 字 · 296 页

青空文庫

しかしおしのはその寒さにも気づかず、おたみが呼びに来るまで、独りでじっと坐っていた。おたみは襖の外から呼びかけ、返辞がないので襖をあけた。

「いらしったんですか」とおたみが云った、「旦那がお呼びです」

おしのはゆっくりと女中を見た。

「旦那が眼をおさましになったんです」とおたみは云った、「そしておしのさんはどこにいるかって」

おしのは夢からさめでもしたように、ああと声をあげて立ちあがった。

喜兵衛の枕許には手代の忠三がいて、喜兵衛がなにか云うのを、のり出すような恰好で聞いていたが、おしのと入れ替りに店のほうへ出ていった。喜兵衛はおしのを見ると、安心したように頷き、そして眼をつむった。おしのは坐って、気分はどうかと訊いた。喜兵衛は暫く経ってから、力のない低い声で「大丈夫だ」と云った。

「心配しなくてもいい、大丈夫だ」と喜兵衛は云った、壁の向うから聞えて来るような声であった、「同じことを云うようだが、私は大丈夫だ、こんなことで死にはしない、参得さんにはわからないんだ」

「ごしょうよ、そんなに話をしないで」

「これだけ云っておきたいんだ」と喜兵衛は眼をつむったままで云った、「私は夜なかに倒れてからのことを、みんな知っている、気を失ったのはほんの僅かなまで、それからちょっと眠ったときのほかは、なにもかも知っている、もうどんな