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「てらだとらひこのついそう」あとがき
寺田寅彦 わが師の追想
中谷 宇吉郎
中谷宇吉郎『寺田寅彦 わが師の追想』。同一底本的分册已合并为一书。收入:「寺田寅彦の追想」後書、実験室の思い出、墨流しの物理的研究、墨並びに硯の物理学的研究。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 31,239 字 · 65 页
実験室の思い出
実験室に於ける寺田先生のことを書こうと思うと、私はすぐ大学の卒業実験をやった狭い実験室のことを思い出す。
それは化学の新館と呼ばれていた、小さい裸のコンクリートの建物の一階にあった狭い実験室である。震災の翌年のことで、物理の建物が使えなくなったので、化学の新館を借りていたのであった。この実験室の中で、寺田先生の指導の下で卒業実験を始めたのが、正式に先生の下で研究らしいものを始めた最初であった。
その頃の思い出を書く前に、先生との機縁ということについて考えてみると、私は今更のように、世の中というものは、随分微妙なものだという気がする。今日北海道の一隅で、非常に恵まれた条件の下に、好き勝手な研究を楽しんでいる自分の生活をふり返って見ると、その出発点は、全く寺田先生にある。もし先生を知らなかったら、私は今日とはまるでちがった線の上を歩いていたことであろうと思う。それにつけて私は、生涯の岐路というものは何時もあって、その方向を決める要因が案外些細なものであることが多いのではなかろうかと、この頃時々考えている。というのは、私が寺田先生の学風の下に入った機縁は、全く友人桃谷君の長兄の簡単な言葉にあったのである。