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さこんのいかり
左近の怒り
「講談倶楽部 第六巻第九号~第一一号」1954(昭和29)年7月1日~9月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 47,454 字 · 95 页
葉子は大胆不敵にも二十分も前からここへ来て待っている。もっとも、待つ人は左近ではない。葉子の兄の西江洋次郎である。七時三十分にここで落ち合う約束だった。
葉子はふだん洋次郎とは往来していなかった。なぜなら洋次郎は母親泣かせで、母親の言葉で云えばフハイダラクした人物だったからである。彼はキャバレーの女性と同棲し、彼女の働く店でボーイ頭のような仕事をやっていた。腕ッ節は強いのである。
葉子は最後のドタン場で左近の「犯罪」を阻止する決意をかためていた。しかし一人では心細いから、兄の店へ駈けつけてひそかに応援を頼んだのだ。洋次郎は七時半にここへ来てくれることになっていたのである。
午後七時四十六分。芳々亭へはいってきた洋装の美人があった。一直線に葉子のテーブルへ進んで行った。頭をあげた葉子はその女を一目見て声をのんだ。昼間白雲荘で見かけた女だ。
「覚えてらしたのね」
女は親しみをこめて笑った。しかしすぐ真顔にかえって、
「夏川さんが危険なのよ。悪物のワナにかかってひどい目にあうところなの。すぐに、急いで」
女は葉子のテーブルの伝票の上へポケットからつかみだした千円札を一枚ポイと投げ重ねて、葉子の腕をとるようにしてせきたてた。