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さこんのいかり

左近の怒り

坂口 安吾

「講談倶楽部 第六巻第九号~第一一号」1954(昭和29)年7月1日~9月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 47,454 字 · 95 页

青空文庫

それなら話が分らないことはない。しかし、その意味で助けてくれるつもりなら、そして名前を知っているなら、大竜出版へ名乗りでて事情を明かにすべきではないか。単身敵地へ乗りこんできて芳々亭から葉子を連れ去るよりは、その方がむしろ安全のはずだ。このへんのところが不可解である。しかし、どういうわけか、左近はこの女を憎みきるわけにいかなかった。

「女が敵か味方かはどうでもいいようだね。とにかく白雲荘という女の住居が分っているのだから、乗りこんで訊いてみるのがいいようだな」

左近がこう云うと洋次郎は呆れ果てて、

「貴公は海の底しか知らねえらしいな。神奈川ウジなる人物が貴公に名言を説いてるではないか。東京は往年の上海だ、とね。まさにこれが真実なんだ。ボクなんぞはまさに上海のチンピラさ。白雲荘へ乗りこんだが最後、キミの足跡はそこで永遠に消えてしまうのさ。夏川左近なんて漁師が東京のマンナカで消えてなくなったって誰も騒ぐはずはないね」

「東京はそんなところかね」

「東京が昔の上海だと知ってる者だけがその恐しさも身にしみて知ってるのさ。ボクの言葉を信用したまえ。とにかく今は味方だよ」